はいみなさんこんにちは、とんかつですっ!
早くanemoiしたいぜ(^Q^)
前回の投稿からもう三ヶ月経ってしまっていますが(スミマセン)、今回はPA.WORKS×麻枝准が送る2020年放送のアニメ「神様になった日」が放送当時批判されてしまった理由と、その魅力について深く考察していきます!!
「評価結構悪いけど観る価値ある?」「どうせAngel Beats!の下位互換でしょ?」
そんなことはありません!!
歴代作品の中でもトップレベルに引き出された“麻枝イズム”と、先日舞台が公開されたヘブンバーンズレッドに通ずる渾身のギャグを兼ね備えた、素晴らしい作品です。
見る人選ぶけどマジで面白いぜ!!
それでは本編、どうぞ!!
そもそも「神様になった日」って何?
そもそも「神様になった日」とは、「AIR」「リトルバスターズ!」などで知られる麻枝准氏があのPA.WORKSとタッグを組んで2020年冬に放送されたボーイミーツガール系のオリジナルアニメです。
放送当時は賛否両論合わせて多くの議論を呼び、時に黒歴史化されていますが、放送から五年たった今では「やはり傑作だった」という意見も多い一作です。脚本を務めた麻枝准氏はインタビューに対して「Key20周年だからこその原点回帰」と語っていますが、「原点」を知っていたはずのファンの多くになぜ受け入れられなかったのか。はたまた、なぜ深く刺さった人もいたのか。それについては次の項で考察していきたいと思います。
「神様」を語るには欠かせない“麻枝イズム”
「神様になった日」を語るにはまず、ここまでの麻枝准の歴史から考えて行きましょう。彼は1997年に活動を開始し、先輩の久弥直樹氏に様々な表現技法を学びながら数々の名作を世に送り出してきました。そこでまずポイントとなるのが、「苦しいことを乗り越えてなんとか生き続ける」という彼のポリシー(麻枝イズムと名付けます)です。このポリシーを「神様になった日」が出来るまでの10年間、彼はうまく表現できていなかったのではないでしょうか。
Keyでの処女作である「Kanon」では、なんだかんだ最後にはみんな祐一の元に帰ってきました。これは彼のポリシーには沿っていませんね、ここではまだ「麻枝イズム」は形成される前だったのでしょう。ですがその次の「AIR」では、「多少ご都合主義になっても法術で観鈴を救うことは出来なくなかったけどしなかった」という点に麻枝イズムを感じます。でもだからこそ、あの傑作は誕生したのだと思います。「CLANNAD」でも朋也が渚の死を乗り越え、汐とともに再び人生を歩み始めるところに圧倒的な「美しさ」を感じるのです……しかし。「リトルバスターズ!」から、「ちょっと麻枝っぽくなくない?」という描写が増えてきます。
「リトルバスターズ!」の最後、理樹は鈴とともに全員をバスから助け出します。そしてその三ヶ月後、ガソリン浴びまくってたせいか一番リハビリ生活が長かった恭介が帰ってきて、リトルバスターズのみんなでワイワイ旅に出る所で物語は大団円を迎えます。
たかっけれ、たかっこえをあーげー
——そこであれ? 誰も死なないぞ? そう思ったアナタは勘がいいです。
そう、麻枝准は、本来二人以外全員を殺そうとしていたのです()
まあ、都乃河先生を始めとするスタッフの皆さんの反対によって、あーいうエンディングになりましたが。ここらへんから、麻枝イズム色が薄まっていきます。まずは「Rewrite」。そもそも麻枝准はストーリーに関わっていません。「Angel beats!」では特典DVDか何かに「結弦が、新たにあの世界にやってきた男の子を諭す」みたいなシーンがあったみたいなんですよね。麻枝准がこっちを本来のエンディングにしようとしたけど岸監督に止められたのがなんか想像できます。(個人の感想です)
そして「Charlotte」では久々に麻★枝★イズムが発動します。絆の詰まった英語ワード帳の力で乙坂くん(元ネタは自由契約食らったけど大丈夫かな)の記憶が戻ることはありませんでした。で、この展開は案の定バッシングされました。「モヤモヤする」「なにこれ」「奈緒かわいそう」……etc.
だけどKeyに、麻枝准に長く関わっている人なら分かるはずだ。これが良いんだ、と。このカタルシスが逆にずっと記憶に残って良いんだ、と。
——って言いたかったんだけど、AIRやFate/Stay nightみたいにカタルシスが感動を生んだ作品たちとCharlotteは決定的なところが違います。そう、Charlotteはあそこで完全なハッピーエンドになっても特に齟齬がないからです。例えばFateだと、あそこで何らかの奇跡でセイバーを失わずに済んだとしても、セイバーの戦いを真に終わらせることは出来ないじゃないですか。うたわれるもの 二人の白皇でも、あそこでハクがマシロにならないとハクオロさんはずっとあのままじゃないですか。
でも、Charlotteはそうじゃないんです。別にあそこで乙坂くんの記憶が戻ってもデメリットないです。だからこその批判だったんじゃないかなー、と僕は思います。
それではやっと本題に入ります。なぜ神様になった日が批判されたのか。それを次の項で解説していきます。
それでも「神様になった日」を観た方が良い理由
まあ、もう言うことは前の項でほぼ書ききったのでアレなんですけど。やっぱり視聴者の望む展開と実際の展開に乖離があったのが原因と思われます。ネタバレ無しで書くと、本作のエンディングは視聴者の儚い希望をガチガチにへし折ってくるんですよ。いや、バッドエンドってわけじゃないんですけどね。本人たちは幸せなんですけど、なんというかモヤモヤが残るんですよ。心に一生のトラウマを埋め込むんですよ。多分、それが許せない人々から本作は批判されたのだと思います。
でもね! 違うんだよっ!
「神様になった日」はまずオープニングが何度聞いても泣けるような透き通ったメロディだし、舞台である山梨の美しい情景が存分に表現されているし、ひなは可愛いし、終盤のあるシーンはめっちゃ「AIR」を思い出して泣けるし、ギャグも麻雀回とかめっちゃ面白いし……そしてそのもやもやも、今となっては良い思い出だと思える。あのもやもやが、いつまでも僕達の心を「神様になった日」に繋ぎ止めてくれるんだ。
だからみんな、神様になった日を見るべきだ! 中高生はついでにリトバスも観ろ!
―――「猫狩り族の長」出版の時に麻枝准言ってた。ずっと、書きたいものが書けなかったって。みんなさ、一緒に麻枝准を応援しようよ! だってさ、まだまだ彼の旅路を見続けたいからっ!!!